こんにちは!心理カウンセラーの松田ちかこです。
保護者さんをサポートさせていただく中で、困りごとのひとつとしてよくご相談を受けるのが「ワーキングメモリが低いと診断を受けた」「学習がうまく進まない」ということ。
小・中学校に通われる年代のお子さんであれば学習面が気になることでしょう。
生きていく上で必要な知識やスキルが思うように獲得できていないとなると、焦ってより多くの課題を与えたり、叱咤激励をしたりすることもあると思います。
進学や将来の就職にも関わりますし、勉強についていけなかったら自信も持てず社会から取り残されてしまうのではないか、なんて心配になりますよね。
「勉強だけが全てではない」という人もいるかもしれませんが、「そうは言っても勉強は大事でしょう」というのが本音。
知識や技術があらゆる面で役に立つことを知っていますし、「もっと勉強しておけばよかった」と多くの人は後悔しているものです。だから、子どもにはそんな思いをさせたくはないのですよね。
そこで必要なのは「みんなと同じ方法ではできなくても、違う方法ならできることがある」という視点を持つこと。
「苦手だからやらなくていい」と諦めてしまうのではなく、「この子にあった方法でできる限り力を伸ばせるようにする」ということが何においても大事です。
ワーキングメモリが小さければ、その状態にとって一番適した方法でサポートする。
そんな視点があれば、苦手さも十分カバーできるのです。
今回は、ワーキングメモリに負荷をかけない学習サポートを神経発達症(発達障害)などとの関係も含めてご紹介します。
ワーキングメモリとは
ワーキングメモリとは、情報を処理する能力のことです。脳の前頭前皮質の発達と関連があるようです。
情報を覚えたり、処理や管理をする時に使われるもので、「脳のメモ帳」と言われたりしています。
年齢に応じてワーキングメモリの容量は変化します。
指示をする時には、その容量を超えないように意識することが大切です。
※30歳を超えると少しずつワーキングメモリは小さくなり、覚えられる項目は3〜4つ程度になります。
言語性ワーキングメモリは、他者から伝えられたことを思い出したり、言葉を学んだり、文章を理解したりする時に使われます。
ワーキングメモリが小さいと、複数の指示を覚えきれず実行できなかったり、文字を記憶しきれず書き写しが進まなかったりします。
視空間性ワーキングメモリは、算数スキルやイメージすること、順序に関する記憶と関連しています。
ワーキングメモリが小さいと、頭の中でイメージして算数の問題を解いたり、順序立てて話をすることぎ苦手です。板書では文字が重複したり抜けたりします。
ワーキングメモリの概念は図のようなイメージで捉えるとわかりやすいです。
短期記憶や長期記憶との違いは、記憶しておくだけでなく「覚えている情報を働かせていること」にあります。
衝動コントロールをする能力にも関連があり、ワーキングメモリが大きいと自分の衝動をコントロールし適切な行動を選べるようになります。
ワーキングメモリの容量の小ささは、学習面にも影響を及ぼします。神経発達症(発達障害)の状態にも影響を与え、場合によってはその特性をより深刻なものにしてしまいます。それが学習スキルを阻害し、学習結果に影響を与えます。
LDの支援
読字障害(ディスレクシア)
文字を読むために必要な能力として、「音韻認識」があります。
その文字がどんな音声として表されるのかという能力ですが、この能力が欠けてしまうと読みに困難さを感じます。
脳の言語野の血流が悪い場合が多く、そこをつなぐワーキングメモリが通常以上に活性化し、負荷がかかりすぎるという状態になります。ワーキングメモリが小さいと尚更で、言語習得に長い時間がかかってしまうようになります。
<読字障害の支援>
・視覚的支援
読字障害の子どもは視空間性ワーキングメモリに強みがあるため、絵や図などを使って説明することでワーキングメモリの負担を減らし集中させることができる。
・伝える内容をあらかじめ要約して示しておく
話の概要が事前に分かれば、話が理解しやすくなる。
・定規などを使って読んでいる箇所を示し続ける
時間をかけて単語を読まなければならないので、読み飛ばしてしまうことが多く文章の内容を理解できない。
知らない単語をあとで振り返られるように印をつけること、読んでいるときは今どこを読んでいるのかを定規など(カラーバールーペといった便利グッズもある)を使って集中できるようにする。
・ゆっくり話す
処理の負荷を減らし、理解できるようにする。
・課題を減らし活動時間を短くする
課題が多かったり、長く課題に取り組ませるとワーキングメモリに負担がかかるため、量を減らし活動時間を短くする。
算数障害(ディスカルキュリア)
算数の学習や理解に課題のあるものです。
数の感覚がわからないことが多く、その後の複雑な算数知識が積み上がりにくいため同学年の子の進度より遅れてしまいます。
数を理解するためには、
- 数唱(言葉で数を数える(イチ・二・サン))
- 数量(物の個数)
- 数字(数を表す文字(1・2・3))
の3つを結び付けなければなりません。
どれか1つでも欠けてしまうと、スムーズに数を認識することができなくなります。
算数障害の中核はワーキングメモリの弱さだと言われています。
特に視空間性ワーキングメモリが心的黒板のような役割を果たすため、定型発達の子はその黒板を使って過去に蓄積した情報を引き出し操作できますが、その黒板が小さい子はそもそも情報を蓄積する量が限られ、情報を引き出して操作することが難しいのです。
「数唱」「数量」「数字」の結び付けを行うためにもワーキングメモリが必要になります。長期記憶に「3=サン=●●●(量が3つ)」を情報として移動させることで次から学び直す必要がなくなり、より複雑な学習ができる余白が生まれます。しかし、ワーキングメモリが小さいと長期記憶にこの数の概念の情報が移動されにくく、毎回貴重なワーキングメモリを使って学び直しをすることになってしまうのです。
この困難さがのちの計算問題などの課題への取り組みにもつながります。
<算数障害の支援>
・視覚的支援
絵を使って説明したり、重要なポイントは色をつけて強調したりする。
・問題は縦に示す
横並びにすると計算のステップを全て覚えておかなければならなくなり、ワーキングメモリに負荷をかけてしまうため、処理負荷を減らすために算数問題は縦に提示してあげるとミスを少なくできる。
・学習ツールや視覚補助具を用いる
方眼紙で表を作りやすくしたり、複雑な計算の場合は計算機を使うなどをしてワーキングメモリの負荷を減らす。
・活動を短くする
長く課題に取り組ませるとワーキングメモリに負担がかかるため、活動時間を短くする。また、10分以内に20問解くなどの時間的なプレッシャーを与えない。
・例題を与える
問題を解くためのプロセスが計画できないため、例題によりそれを補う。
・数の概念や知識を覚える補助として指を使う
指を左から順にタッピングしながら「イチ・二・サン…」と唱えて数唱と数量を結び付ける練習ができる。
九九を覚える時にも同じように指を左から順にタッピングして「2✖︎1=2(ニイチガニ)…」と繰り返し唱えることで思い出せるようになる。
DCDの支援
発達性協調運動障害(DCD)
医学的な根拠(脳性麻痺などの他の疾患)がないのに適切な運動機能の獲得ができないもので、微細動作・粗大動作といったさまざまな運動能力に影響を受けます。
微細動作に影響がある場合、靴紐が結べない、お箸がうまく使えない、鉛筆で思うように文字が書けないなどの困難さが現れます。
粗大運動に影響がある場合は、自転車に乗れない、スキップやジャンプができない、ボール遊びができないなど運動の苦手さが見られます。
近づいてくる物のスピードや距離が判断しづらかったり、椅子や机との距離を誤って判断したりと、視覚情報の処理に問題が見られます。
DCDの場合は、視空間性ワーキングメモリの小ささが影響していると言われています。
自分の行動を計画しコントロールする役割を持つ視空間性ワーキングメモリが小さいことで、上記のような困難さが現れてしまうのです。
<DCDの支援>
・視覚的に提示する
視空間性ワーキングメモリの小ささを補うために視覚的にわかりやすい伝え方をすることが重要。
部屋の中に必要な情報を掲示しても、見に行って確認しても忘れてしまうことがあるので、作業をする机に掲示するなどすぐ近くで確認しながら行動できるようにする。
・気が散るものを最小限にする
目に見えるものが多いとワーキングメモリを圧迫するため、視界に入る物の量を減らす。
ADHDの支援
ずっと座っていられない、注意が散漫になる、など多動性/衝動性行動と不注意行動で構成される行動障害の一つです。
他の子どもよりかなり活動的です。指示を覚えることが難しく、指示に注意を向けることができません。
こうした抑制(不適切な行動や考え、発言をコントロールする能力)の弱さがADHDの中心的な特徴です。
ADHDの場合は、ワーキングメモリの中心となる前頭前皮質が不活発です。
衝動や考えが出てきた時にワーキングメモリがその衝動を抑制する役割を担いますが、前頭前皮質が不活発であると衝動のコントロールがうまくできません。
そして、運動機能の計画や実行、コントロールの役割を担う運動皮質が過度に活性化しています。
エンジンが絶えず回転し、ブレーキの効きにくい車、という状態に例えるとわかりやすいかもしれません。
特に男子に多いADHDですが、これは衝動の表し方の違いが関わっているという可能性が指摘されています。
男子は衝動を行動化させ、女子は衝動を空想することで内在化させるという傾向があるため、目につきやすい行動に注目がいくのでしょう。
<ADHDの支援>
・指示を短くする
平均的な支持の数の目安(前述「ワーキングメモリとは」参照)より1〜2つ少ない情報を与え、処理負荷を減らす。
・学習や活動の時間を短くする
間に休憩を入れ、5〜10分間定期的に集中して活動を行えるようにする。
・繰り返し情報に触れられるようにする
記憶の定着を図るため、繰り返し情報を与えるようにするとワーキングメモリの補強になる。
・視覚的タイマーを使う
目立つように時間を示すことで、スケジュールに従えるようにする。
・頻繁にまたは不定期にご褒美を与える
遅延報酬の難しさがあるため、小さな報酬を今、受け取れるようにする。
・環境の符号化
ある情報を学んだ時、どんな椅子に座っていたか、何時ごろだったかなど、物理的な環境を手がかりにしてワーキングメモリを働かせるキッカケを作る。
・体を使う
学習と身体的な活動を結びつけて情報を思い出しやすくする。
ASDの支援
自閉スペクトラム症(ASD)
社会的および感情的な情報に対して、適切に認識・反応することの困難さがあることが特徴で、その結果、対人関係において問題を引き起こしてしまいます。
また、認知的能力にも困難さがあり、簡単な活動が難しかったり、その反対に他の人が苦労するような課題をこなせてしまったりと凸凹があります。
言われた言葉を字義通りに解釈し、そこに含まれるニュアンスを読み取ることができなかったり、パーソナルスペースのように状況に応じて変化するものを理解できなかったりもします。
決まった手順、決まったルートなど明確なルールを必要とし、それが部分的にでも阻害されると対処できずに立ち尽くしてしまうようなことがあるため、社会生活で問題を抱えます。
ASD児の前頭前野はニューロンが過剰に成長してしまい、通常より多くのニューロンがあります。これは、ニューロンの発達を制御する遺伝子の過活動により大きな脳容積を生じるという説や乳児期のニューロンの刈り込みがうまくいかなかったためという説などがありますが、現時点ではまだよくわかっていません。
情報を処理する際、前頭前野は活性化が少ないということもわかっており、それが社会性や認知の問題に繋がっていると考えられています。
ASDの場合は、言語性ワーキングメモリに脆弱さがあることが多く、要求を言葉でうまく伝えられなかったり、非単語や新しい語彙などの抽象的な言語情報を覚えることに困難を示したりします。
<ASDの支援>
・情報を分割する
同時並行で複数の課題をこなすこと(ノートを取りながら、授業を聞くなど)に難しさがあるため、話を聞いた後ノートを書くなど課題を分け、ワーキングメモリの負荷を減らす。
・構造的な環境づくりや課題の与え方をする
抽象的な概念を理解しづらいため、情報はできるだけ明確に伝え、ルールに基づいた課題を与えるようにする。
また、ルーティン化すると安心し、目の前の課題に集中しやすくなる。
・気が散るものを最小限にする
掲示物、照明、音など、感覚に入る情報が多いとワーキングメモリに負荷をかけることになるため、できるだけ取り除いたり、静かな部屋を用意したりする。
・新しい情報は興味関心と結びつける
元々興味のあるものと結びつけることによって抵抗感を減らし、情報を広げる形で習得できるようにする。
不安症群の支援
不安症群
不安というものは多かれ少なかれ誰にでもあるものです。
不安のレベルには連続性があり、健康なレベルの不安は課題の達成のために役に立ちます。しかし、閾値を超えると不安から目の前の課題に集中できなくなり、困難が生じるようになります。
DSMー5では、「パニック症」「広場恐怖症」「社会不安症」「分離不安症」「選択性緘黙」「限局性恐怖症」「全般不安症」が不安症群に分類されています。
不安は、その人の認知活動の中心になりやすく、他の重要な情報に取って代わってしまいます。この状態はワーキングメモリに打撃を与え、複雑な情報を一度に処理できなくしてしまうのです。
余計な考えが浮かび、それでワーキングメモリがいっぱいになり、本当に向き合わなければならない課題に集中する余裕がなくなってしまうということです。
不安症群では、言語性ワーキングメモリの影響があり、この大きさが不安の感じやすさと関係していると言われています。
※多くの場合(成人は特に)自分が不安に思うことを回避しますが、それはワーキングメモリにとってあまり良いことではないそうです。負荷をかけないようにしながらも、新しいことを積極的に経験し、ワーキングメモリの発達、維持、向上を図っていくことが大切だと言われています。
<不安症群の支援>
・気が散るものを最小限にする
絶え間のないネガティブな考えによってワーキングメモリを消耗してしまっているため、それ以上負荷をかけないようにできるだけ掲示物や物を減らし、音や光などの刺激の少ない環境を与える。
・情報を分割する
ワーキングメモリの負荷を減らすために情報を分割して伝え、処理が無理なく行えるようにする。
・繰り返し情報に触れられるようにする
情報を長期記憶に記憶できるように、繰り返し・不定期に情報に触れられるようにする。
・活動を短くする
集中が途切れないように、活動の間に休憩を挟むようにする。
・情報を視覚的に提示する
言語性ワーキングメモリの負荷を減らすために、視空間性ワーキングメモリを使えるようにする。
・社会不安を減らす
他者からの批判を恐れているので、対人関係の不安を減らすために仲間と話す機会を与え、人と話すことに心地よさを感じられるようにする。
感情や願望を伝えたり、考えをまとめることの難しさを感じているため、(集団活動などで)仲間に話しかける際には励ましやサポートを行う。
・見通しが持てるようにする
活動をルーティン化したり、構造化した目標を与えることで、計画が立てられるようにする。
学習性無力感・メタ認知
子どもが様々なことを意欲的に学べるように、「学習性無力感」を感じさせないようにすることが大切です。
どんなに頑張ってもできない、何をやってもできない、と自己効力感を失っていくと次第に無気力になってしまいます。
みんなと同じやり方じゃなくてもいい、みんなと同じペースじゃなくてもいい。
その子に合った形で着実に学んでいけるようにしてあげることが何より大切です。
また、メタ認知が働くようになると、課題への取り組みがより適切な形で行えるようになります。
自分を客観的に捉え(メタ認知の働き)、行動の理由を理解し、向き合う課題に対して適切な方法を選んでいけるようになることで、より集中できますし、うまくいかなくなった時にも適切な対処法を見つけることができます。
最後に
ワーキングメモリを意識したサポートを行うことで、子どもの学ぶ力は大きく向上します。
いかにワーキングメモリに過度な負荷をかけず、適切な情報量を与えるのか。そして、処理するまでの時間を確保してあげられるのか、これが大きなポイントとなります。
心理学者ジョージ・ミラーのマジックナンバーといえばご存知の方もいると思いますが、人間は一度に記憶できる量には限りがあり、その量は7±2。
この記事でも子どもへの指示の数の目安をご紹介した通り、マジックナンバーを意識してパニックを起こさせない工夫ができると、それが子どもの生きやすさにもつながるはずです。
THINK BIGGERという本では、発想を生むためには「課題を分解し実行できる形にすること」「認知的負荷をかけない情報量にすること」などが紹介されています。
これはまさにワーキングメモリを適切に機能させる方法です。
この本は、世界を大きく変えたあらゆるイノベーターがどのように生まれたのかが書かれていますが、「大きな発想は特別な誰かだからできたのではなく、認知的負荷を減らすことができた人が大きな発想にたどり着いた」ということなのでそうです。
ワーキングメモリには個人差がありますが、自分のパフォーマンスが一番発揮される情報量や方法を見つけた人が、こうした大きな発想にたどり着けるのかもしれません。
これからは、大人も子どもも「量よりも質」の学びや行動を意識していきたいものですね。
<参考>
ワーキングメモリと発達障害[原著第2版]: 教師のための実践ガイド
THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法:コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (NewsPicksパブリッシング)
The episodic buffer: a new component of working memory?
<引用>
ワーキングメモリと発達障害[原著第2版]: 教師のための実践ガイド P.12
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